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神戸地方裁判所 平成6年(ヨ)424号 決定

主文

一  債務者は、左記行為をするなどして、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を五代目乙山組系丙川会内甲野総業その他の暴力団(以下「甲野総業等暴力団」という。)の事務所又は連絡場所として使用してはならない。

1  本件建物内で甲野総業等暴力団の定例会又は儀式を行うこと

2  本件建物内に甲野総業等暴力団構成員を立ち入らせ、又は当番員を置くこと

3  本件建物外壁に甲野総業等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札その他これに類するものを設置すること

二  債務者は、本件建物の外壁の開口部に鉄板その他これに類するものを打ち付けてはならない。

3 債権者らの債務者に対するその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立ての総費用は、債務者の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨、答弁及び当事者の主張

一  債権者らは、

「1 債務者は、左記行為をするなどして、本件建物を甲野総業等暴力団の事務所又は連絡場所として使用してはならない。

(一)  本件建物内で甲野総業等暴力団の定例会又は儀式を行うこと

(二)  本件建物内に甲野総業等暴力団構成員を立ち入らせ、又は当番員を置くこと

(三)  本件建物外壁に甲野総業等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札その他これに類するものを設置すること

(四)  本件建物内に甲野総業等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札、甲野総業等暴力団を表象する紋章・提灯その他これに類するものを掲示すること

2 債務者は、本件建物の外壁に設置した監視カメラを仮に撤去せよ。

3 債務者は、本件建物の外壁の開口部に鉄板等を打ち付け、又は投光機、監視カメラを設置してはならない。」との裁判を求め、その主張は、債権者らの「不動産仮処分命令申立書」及び各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  債務者は、「本件申立てを却下する。申立費用は債権者らの負担とする。」との裁判を求め、その主張は、債務者の答弁書及び各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  債権者らは、債務者が本件建物を暴力団五代目乙山組系丙川会内甲野総業の事務所、連絡場所として使用していることによつて、本件建物が暴力団同士の抗争事件時に拳銃発砲等の襲撃の対象となり、その結果周辺住民である債権者らの生命、身体等に危害が及ぶ危険性があるので、いわゆる人格権に基づく妨害排除・予防請求として、本件建物を暴力団の事務所、連絡場所として使用することの禁止等を求める権利を有すると主張する。

これに対し、債務者は、甲野総業は暴力団ではない、甲野総業が抗争事件に巻き込まれて本件建物が襲撃される危険性はないとして、被保全権利の存在を争う。

2  よつて検討するに、《証拠略》によれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 当事者等

債務者は、後記甲野総業の組長としてこれを主宰し、JR西宮駅前において本件建物を甲野総業の事務所として使用している。

債権者らは、本件建物を中心とする半径三〇〇メートル以内(ある者は五〇メートル以内)の位置に現在居住して買物等をなし、あるいはJR西宮駅を利用するため、本件建物前の道路を通るほか、中には右の位置で営業を行つている者もいる。

(二) 甲野総業の実態

甲野総業は、以下に述べるとおり、暴力団五代目乙山組系丙川会傘下の暴力団としての実態を有する組織である。

丙川会会長丙川松夫は、二代目丁原組の舎弟頭補佐であつたところ、平成元年五月に右丁原組組長戊田竹夫が五代目乙山組の組長に就任するのに伴つて同年六月に乙山組直系組長に昇格し、丙川会は乙山組の直系組織(二次組織)となつた。丙川会長は、平成二年六月に五代目乙山組若頭補佐となつて、その執行部に入り、現在に至つている。

甲野総業の組長である債務者は、昭和六三年八月、乙山組丁原組丙川会の傘下に入つて会長の舎弟となつたが、丙川会会長の乙山組直系組長への昇格に伴つて甲野総業が乙山組傘下の三次組織となり、債務者は丙川会会長代行補佐に就任し、現在に至つている。そして、丙川会の当番日には、甲野総業の二名の組員とともに、午前零時から深夜一二時までの二四時間、丙川会事務所当番に従事している。

甲野総業の構成員は約二〇名であり、組長以下構成員のすべては、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に規定されている犯罪の経歴を有し、その主たる資金源は金融、不動産取引仲介、債権取立て、覚せい剤密売等である。

(三) 本件建物の状況

甲野総業の事務所がある本件建物は、三階建て(一部二階建て)であるが、一階はシャッター付車庫(ただし、平成六年九月四日ころ、本件建物の建築確認申請名義人であつた申立外上田実が、一角に珈琲豆店を開店した。)、二階は組事務所、三階は応接・休憩室となつている。一階から二階へ、二階から三階へは、それぞれ狭い階段が通じ、一階のシャッター付車庫とは別に外から直接二階にある組事務所に入ることができる。この組事務所に通じる出入口は鉄製扉であつて通常はオートロックシステムによる施錠がされており、入口横にはインターホンが備えられている。建物外壁の表からみて左右の端には監視用テレビカメラ二基が設置されていて、右の入口前の道路上を監視することができるようになつているほか、建物上部外壁には二個のサーチライトが設置されており、右の道路上を照らすことによつて、右の監視用テレビカメラが夜間でも機能を果たすことが可能なようになつている。右の監視用テレビカメラは、二四時間稼働となつており、本件建物付近の状況はモニターテレビに映し出され、当番組員がそれを見て監視と警戒をしている。組事務所への立入りは、モニターテレビでの監視と当番組員の口頭での身分確認を経て、了承された者だけがオートロックの解除を受けて右の組事務所へ入ることができる。

右の組事務所には、午前零時から深夜一二時までの二四時間、常に組員一名が順次組事務所当番についているほか、本件建物内に居住の組員一名も常時組事務所内に在所している。組事務所の当番組員の任務は、前記モニターテレビによる監視のほか、抗争事件等の緊急時の組員及び配下組員に対する指示、連絡、組織運営上の指示、命令の伝達、組員の定時連絡の受理、他の組織に対する連絡等が主たるものである。

また、組員には、組事務所に対して一日三回電話連絡をすること、一日一回組事務所へ顔出しすることがそれぞれ義務づけられている。そのほかにも組員は、毎月六日午後六時に組事務所へ集められ、組定例会に参加するが、右の組定例会では、組長である債務者が配下の組員に対して、その都度必要な指示、命令、連絡等をしている。なお、丙川会本部事務所においても、直参組員を集めて毎月六日午後一時に定例会を開催しているが、債務者はこれに出席のうえ、乙山組や丙川会の方針、指示、命令、連絡事項等を受け、これらを、同日の午後六時から開催される右の組定例会において、甲野総業の組員に対して周知徹底する体制がとられている。

(四) 本件建物付近の状況

本件建物は、JR西宮駅の北方至近ともいうべき約百数十メートル程度離れたところにあつて、その前面道路はJR西宮駅へと通じている。右のJR線の南側には県立西宮病院、西宮市役所、大型スーパーマーケット、阪神電鉄西宮駅などが存在し、JR西宮駅の構内は自由に通り抜けができることから、本件建物前の道路は、JRのみではなく、その南側にある前記の各施設へ行く市民の通行に常時利用されている。また、本件建物は、JR西宮駅より北へ向かつて住宅街へ向かう道路と東西道路(御手洗川に沿う。)との交差点南東角に建つており、周辺には芦原三歳児保育学級、西宮市立芦原保育所、社会福祉法人幸和園保育所、西宮市立若竹生活文化会館、若竹公民館、西宮市立中央体育館分館等の公共施設が存在している。本件建物からみて半径五〇メートル以内はもちろん三〇〇メートル以内の場所においても、そこに居住し、あるいはそこで営業を行つている債権者らにとつては、右建物前面ないしその直近所在道路の通行は、いわば常態化した日常茶飯のこととなつているところから、この通行をしないで日常生活を営むこととならざるを得ないとすれば、著しい不便と苦痛とを強いられる結果となる。

(五) 過去の抗争事件

暴力団は、いわゆる縄張りを前提としての日常活動を行うが、組織勢力の拡大、資金源の確保を目的として、他の暴力団との抗争を繰り返す傾向にあり、最近における暴力団の拳銃等による武装化にも著しいものがある。

関西に本拠を置く乙山組も、我が国有数の巨大、著名な暴力団であつて、過去にも他の暴力団との抗争を繰り返してきたが、他の暴力団の吸収、排除等により、広域的暴力団として、これまで異常な組織拡大を続けてきたものである。そして、乙山組の直系である丙川会は、乙山組きつての武闘派集団として名を売つている。

丙川会関係の最近(平成四年以降)の抗争事件としては、平成四年四月から五月にかけて及び平成五年九月から一〇月にかけての時期に発生をみた、いずれも丙川会対甲田会の対立抗争事件があるが、京都を中心として、双方の系列組の組員による他方の系列組の組員に対する刃物や拳銃による殺人事件、傷害事件、双方の系列の暴力団事務所に対する拳銃発砲事件等も多数発生しており、平成六年四月には丙川会と乙野会との対立抗争事件が東京都を中心として発生し、双方の系列組の事務所等に対する発砲事件も発生している。

(六) 暴力団の抗争事件の特性

暴力団の抗争事件は、些細な事の行き違いが原因で紛議を生じて発生することがあり、一旦発生すれば、系列対系列の抗争へと全国的に拡大発展しがちであつて、ある系列末端の組員からする相手方系列中の現に抗争に参加していない他の組員に対する襲撃事件も予想される。

3  右各事実を総合すれば、今後において、甲野総業が乙山組ないし丙川会の抗争事件に巻き込まれ、その組事務所の所在する本件建物が、抗争の相手方からの集団的、暴力的な攻撃の目標となる蓋然性が大きいこと、前述した本件建物の構造及び建物での日常的行動、組織・体制も、本件建物とりわけ建物内の組事務所に対する警察当局の対応行動あるいは対立暴力団の襲撃等を想定し、これらに対処しようとしてのものであることが明らかである。そして本件建物が抗争の相手方からの攻撃の目標となつた場合、本件建物の周辺に居住し、あるいはそこで営業を営み、本件建物前ないしその直近の道路を通行することが常態化している債権者らの生命、身体が深刻な危険にさらされることはいうまでもない。それゆえ、このような危険に遭遇するおそれを懸念するほかない状況に始終置かれていることそれ自体によつて被る債権者らの精神的負担も重いものであつて、無視できないところである。

したがつて、本件においては、債務者が本件建物を組事務所として使用することによつて、債権者らの生命、身体、平穏な生活を営む権利等のいわゆる人格権が受忍限度を超えて侵害される蓋然性は大きく、債権者らがその侵害を受ける危険性も常時存在しているということができるのであるから、債権者らは債務者に対して、各自の人格権に基づき、その侵害を予防するため、本件建物を暴力団事務所として使用することの禁止等を求める権利(本件被保全権利)を有していることが疎明されているものということができる。

4  そこで、債権者らが求める本件建物の暴力団事務所としての使用禁止等の具体的内容について、右権利に含まれるか否かの観点から、以下検討する。

本件仮処分申立ての趣旨の第1項のうち、(一)の本件建物内で甲野総業等暴力団の定例会又は儀式を行うこと、(二)の本件建物内に甲野総業等暴力団構成員を立ち入らせ、又は当番員を置くこと、(三)の本件建物外壁に甲野総業等暴力団を表象する紋章、文字板、看板、表札その他これに類するものを設置すること等により、本件建物を甲野総業等暴力団の事務所又は連絡場所として使用してはならないとする部分については、いずれも本件建物を暴力団の事務所等として使用するにつき最も重要な要素であり、かつ右以外の目的で使用するについては必要のないものであるから、侵害を予防する手段としての必要性、相当性が認められ、したがつて本件被保全権利の具体的内容として認めることができる。

本件仮処分申立ての趣旨の第3項のうち、本件建物の外壁の開口部に鉄板等を打ち付けてはならないとする部分についても、鉄板その他これに類するものの打ち付けが本件建物を暴力団の事務所等として使用するにつき重要な要素となり得る反面、暴力団事務所以外の目的で使用する場合には必要のないものであるから、同様に侵害を予防する手段としての必要性、相当性が認められ、したがつて本件被保全権利の具体的内容として認めることができる。

しかし、本件仮処分申立ての趣旨の第1項のうち、(四)の本件建物内に甲野総業等暴力団の綱領、歴代組長の写真、幹部及び構成員の名札、甲野総業等暴力団を表象する紋章・提灯その他これに類するものを掲示することの禁止を求める部分については、これらが外部から看取できないものであり、したがつてこれらが掲示されていることによつて本件建物が他者からの攻撃の目標となるとは通常考え難く、周辺住民に与える危険感や不安感も少ないと考えられることから、侵害を予防する手段としての必要性、相当性を認めることが困難であり、したがつて本件被保全権利の具体的内容として認めることができない。

また、本件仮処分申立ての趣旨の第2項の本件建物の外壁に設置した監視カメラの撤去を求める部分及び第3項のうち、本件建物の外壁に投光機、監視カメラを設置することの禁止を求める部分については、暴力団構成員の立ち入りや当番員の設置が禁止され、かつ暴力団を表象する紋章等の設置されていない(これらの禁止については既に説示したとおりである。)建物の外壁に投光機、監視カメラが設置されていても、それのみでは他者からの攻撃の目標とはなりにくいと考えられること、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、外壁ライトや防犯カメラが通常の店舗や一般家庭でも設置されていること(したがつて、カメラ等が設置されていること自体が周辺住民に与える危険感や不安感は大きくないはずである。)、暴力団構成員の立ち入りや当番員の設置の禁止によりモニターテレビによる監視と警戒が十分にできなくなれば、本件建物の暴力団事務所等としての使用は困難になり、カメラ等も通常の店舗等に設置されているものと同程度の機能しか有しなくなることが一応認められ、かつ債務者が本件建物を店舗等の目的で使用するに際し、右カメラ等を設置することまでを禁止するのは相当でないというべきであることから、やはり侵害を予防する手段としての必要性、相当性を認めることが困難であり、したがつて本件被保全権利の具体的内容として認めることができない。

二  保全の必要性について

債権者らの生命、身体が現実に侵害されれば、その被害の回復は困難であること、常時存在する右の危険性の下に債権者らが置かれていることそれ自体によつて現に債権者らは(その居住ないし営業の場所によつて程度が異なることはあり得るところではあるが)、大なり少なりに重い精神的負担を負つているというべきこと、現に抗争事件が発生してから保全等の申立てをしたのでは手遅れとなるおそれが大きいこと等に照らせば、保全の必要性も疎明されているということができる。

三  債務者の主張について

1  債務者は、本件仮処分申立ては債務者の憲法上の権利である集会結社の自由、財産権等を不当に侵害するものであると主張する。

もとより、集会結社の自由等の重要性に鑑みれば、その制限は最小限度のものに止めるべきことはいうまでもないが、その重要性を考慮しても、周辺住民の人格権を受忍限度を超えて侵害するような態様での行使は許されない。そして、どこまでが受忍限度の範囲内であるかは、当該集会結社の性格、周辺住民が被る損害の種類・程度、地域性等の諸般の事情を総合的に考量した上で、具体的な事案ごとに判断するべきものであるところ、前記疎明にかかる甲野総業の実態、本件建物が抗争の相手方からの集団的、暴力的な攻撃の目標となつた場合に債権者らの生命、身体等がさらされる危険の深刻さ及び本件建物付近の状況等の事情を総合すれば、本件においてはその侵害は受忍限度を超える蓋然性が高いというべきであるから、前記説示の限度で債務者の権利を制限したとしても、直ちに憲法に違反するものとはいえない。

2  債務者はまた、本件抗告審の決定(大阪高等裁判所平成六年(ラ)第四九一号)は違憲・違法であるから無効であると主張する。

しかし、本件抗告審の決定については、憲法の違背あることを理由として、決定送達後五日以内に最高裁判所に特別抗告をするという形で争うことができるのみで(民事保全法一九条二項、七条、民事訴訟法四一九条ノ二、裁判所法七条二号)、それ以外の方法では争えないのであるから、本件抗告審決定の違憲・違法による無効の主張を当審ですることは、不適法であつて許されない。

3  債務者はさらに、甲野総業の組員の一人たる丙山梅夫は、平成四年二月一三日から本件建物に居住しているので、構成員の立ち入り禁止等に関し、同人は除外されるべきであると主張する。

しかし、《証拠略》によれば、甲野総業が本件建物の使用を開始したのが平成四年二月七日ころであることが一応認められ、その組員たる丙山梅夫の居住も、当番員と同様の役割を継続的に果たすことを目的としたものであると推認されるから、同人を特に除外することはできず、債務者の主張は採用できない。

四  結論

よつて、本件申立ては、主文第一項及び第二項の限度で理由があるから、事案の性質に鑑み債権者らに担保を提供させないで、これを認容することとし、その余の申立ては理由がないから、いずれも却下することとし、申立費用につき民事保全法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 亀岡幹雄 裁判官 小川育央 裁判官 飯島健太郎)

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